Modern life gives us more comfort, information and convenience than ever. It can also make us passive. KULA is a collection of experiments, insights and reflections on participating more fully in life.
Latest
13.9.Sonntag:
Mein lieber H., was ist in dieser Woche nur mit mir geschehen? Da war dieses Gespräch mit V., und etwas in mir, das ich so lange…
Am 11. September
Harry, heute habe ich gemerkt, dass ich immer noch nervös werde, wenn ich glaube, etwas falsch gemacht zu haben. Ich frage mich manchmal, wie früh wir…
Am 10. September
Hey Harry! Wie geht es dir. Lange nicht gesehen. Ich war gestern seit langem mal wieder aus in Shibuya. Das hätte dir sicher gefallen. George Evelyn,…
9/9 Immersion
Sitting in front of a great round tree in Meiji shrine meditating about the meaning of existence. Are we here to exist? Are we here to…
日本語がわからなくなってきた
(Skip to English) 最近、少し怖いことに気づきました。 日本語が、以前よりわからなくなってきている。 もちろん、まったく話せなくなったわけではありません。仕事では日本語を使っていますし、プレゼンテーションもします。 それでも、経営や戦略について日本語で交わされる複雑な会話になると、内容を100パーセント理解できていない自分に気づくことが増えました。 「もっと勉強したほうがいいのだろうか」 「漢字をやり直すべきだろうか」 そんな考えが、頭の中をぐるぐる回り始めました。 日本語を学ばなくなったのではない なぜこうなったのかを考えてみると、ひとつの変化に気づきました。 息子が生まれてから、家族の中で使う言語を変えたのです。 妻は息子に日本語で話す。私は息子にドイツ語で話す。そして夫婦の会話は英語にする。 息子を三つの言語の中で育てるために、自然に決めたことでした。 同じ頃、私が読む本やポッドキャスト、健康やリーダーシップについて学ぶ情報も、ほとんど英語になっていきました。 さらに仕事でも、以前のように毎日同じ日本人チームと会話する機会が減りました。 日本語を使わなくなったわけではありません。 でも、日本語で一日を生きる時間が、少しずつ減っていたのです。 足りなかったのは知識ではなく、使用だった 最初は、日本語の勉強を再開しようと思いました。 漢字を覚える。単語を増やす。文法を復習する。 でも、どこか違う気がしました。 今の自分に必要なのは、日本語についてもっと勉強することではない。 日本語をもっと使うことだ。 言葉は、頭の中に保存しておける道具ではないのかもしれません。…